22.『幸せにするよ』(名刺SSテキスト版)
建前は祖母の見舞いだが、急を要するわけじゃない。
「たまには顔を見せなさい」と母から電話があっただけだ。
途中、直子ちゃんを見かけた。
家まで歩いて二十分もかからない位置だったし、そこでタクシーを降りた。
一通り決まりきった挨拶を交わした後、自然と彼の話になった。
テレビや新聞、雑誌……彼の名を見かけることが少なくなってから半年になる。
「兄ちゃん、ユベントスに復帰できる?」
「あの人なら大丈夫」
「支えてくれる人とかいるのかな?」
「さあ。でも、幸せにするよ」
俺が、という言葉は飲み込んだ。
代わりに「誰かが」をくっつける。
「若島津さんみたいな女の人がいればいいのに……」
「え?」
「兄ちゃんもおんなじことを思っているんじゃないかな」
「男でごめんね」
「え」と声を上げた直子ちゃんの髪が風に揺れた。
遠くを見つめるような眼差しにもう一度声に出さずに言った。
『俺が、幸せにするよ』
見上げた空は抜けるように青かった。
お題:幸せにするよ
(2019.4.8 twitter投稿)