52.『またねっ』(名刺SSテキスト版)
見送るのが苦手な俺は、何も言えず開きかけた彼の口元を見ていた。
「あの、さ」
「なに?」
もう少しいてくれるの?
引き止めてしまいそうで自信がなかった。
彼は少し足を後ろにずらした俺の腕を引いて、盗むようなキスをした。
閉まりかけたスチールの扉をぐいと押すと、彼は俺より低い位置にいた。
「いてえっ」
「あ。だ、大丈夫?」
「腰、打った」
「ごめん」
「気をつけろ、バカ」
「バ、バカはないだろ? バカは」
「バカにバカと言って何が悪い」
「バカに言われたくない」
「バーカ、バーカ、バーカ」
「ガキみたいな事言うなよ」
なんだろ、これ。
俺は何をやってるんだ?
このバカが次に何を言って来るのか構えていると、彼はクッと目尻を下げてこう言った。
「またな」
夕陽を受けて駆け出す背中が子供の頃と重なった。
『またな』『また、あした』
「また……」明日と言えないのがつらいとこだけど、
「また、……日向さん、またねっ」
「おうっ」
こんな風に見送ったのは久しぶりだった。
(2019.5.3 twitter投稿)リメイク