65.『バスルーム』(名刺SSテキスト版)
別に気の利いた台詞なんか要らないんだ。
床に広げた新聞に被さるように屈む背中も、
煮込んだシチューを皿によそう手つきも、
それから、口の周りを白くして歯を磨く時も。
一つ一つの仕草がやばすぎる。
カメラにおさめたくなる。
俺に絵心があれば、紙の上で鉛筆を走らせたくなる。
だけど出来ないから、ただ、見つめる。
触れたくて伸びてしまいそうな手を隠して……。
「熱いから俺が先に洗うぞ」
「どうぞ」
ああ、どっちがシャンプーでどっちがリンスかを確かめてるこの人もいいな。
ポンプを押す手もいい。
飛沫を飛ばしながら髪を濯がれるのはちょっと迷惑ではあるけれど、それも悪くないな、と思ってしまう。
「あー、悪ぃ。飛んじまったか?」
「ううん。大丈夫。……あの、さ」
「なんだ?」
「耳の裏もちゃんと洗ったら?」
耳の形がいいんだよねー。
「首に泡がついてるよ」
「ここか?」
そこにちっちゃーい黒子があるんだ。
「直ぐにのびちまうなぁ」
顎を擦るあんたもいい。
「若島津、髭剃りとってくれ」
この人、歯磨きから髭そりから何でも風呂で済ますんだよね。
見ていて飽きないからいーんだけどさ。
(2019.5.19twitter投稿)リメイク