45.『月の綺麗な夜に』(名刺SSテキスト版)
サッシを開ける音がして、振り返るとあいつは足で「よっ」と閉めた。
右手にワイン、左手にはグラスが二個。
「へへ」と笑った顔が真ん丸お月さんに照らされて、ついつい「綺麗だな」なんて言っちまった。
「月、真ん丸だね」
「だな」
「綺麗」
「……そうだな」
綺麗なのは月じゃなくておまえだ。
そう言おうと思ったが、注がれたワインと一緒に飲みこんだ。
なんとなく、言葉にするのが勿体ない気がしたからだ。
好きだとか、愛してるだとか、段々とそんな言葉は使わなくなった。
ただ、目が合えばキスをして、続きがしたくなったらシャツの中に手を突っ込んで、どちらかがクイと腕を引けばそれでいい。
「日本酒の方がよかった?」
「どっちでも」
「美味い?」
「美味い。高ぇだろ」
「まあ、それなりに」
「日向さん……」
あいつが俺を呼び、俺は返事の代わりにキスをする。
片手をシャツに手を突っ込むと、もう片方にあるグラスが傾いた。
「あ、零れ……」
「ごめんな」
「また言った」
「何が、だ?」
あいつは「ふぅ」と一つ息を吐き、俺の腕を引いた。
「日向さんのさ、その『ごめんな』がやばいんだ」
(2019.4.29 twitter投稿)リメイク