69.『苺狩り』(名刺SSテキスト版)
「甘い」
赤くて形のいい苺を見つける度に、若島津は「はい」と俺に差し出した。
だから、俺もとびきり美味そうな苺を探す。
この中で一番旨い苺がこいつの口に入るように。
「食ってみな」
「甘い! これ、すごく美味しい」
特別でも何でもない、ちっぽけな一言が嬉しかった。
側にいるのが当たり前だと言われているみたいで、腰を屈めて俺の苺を選ぶあいつが愛しくて、俺もあいつの苺を選ぶ。
「日向さん」
「ん?」
「これ、食べてみて。自信ある」
渡された苺は最高に美味かった。
「うめえな」
「だろ? ……あ、これも良さそう」
若島津は長い指で葉を避けた。
ちょこんと顔を出した苺は大きくも特別形がいいわけでもなかったけれど、とても綺麗な色をしていた。
「葉っぱ、避けてるだけなのにな」
「何?」
だって、俺の為にしてくれただろ?
葉っぱなんか避けなくたって、そこにごろごろあんのにさ。
(2019.5.23twitter投稿)リメイク