79.『ドライブ』(名刺SSテキスト版)
緩みそうになる口元を水の入ったボトルで隠しながら見ていた。
不意に目が合うと口角が上がる。
直ぐにそれを隠すように前を向く。
信号が赤になり、緩く握ったステアリングの上、親指でリズムと取りながら「結構混んでるな」と彼が言った。
「運転、代わろうか?」
少し笑いを含んだ声で「いや」と短く返し、
「帰り、代わってもらう。寝てていいぞ」
リアシートに置かれたシャツに腕を伸ばし、「使えよ」と俺に寄越す。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
澄ました口調で言って、彼のシャツを頭からすっぽり被った。
「日向さんの匂いがする」
「ハハ」と彼が短く笑った。
それだけなのに……。
彼が好きだ。
どうしようもなく好きだ。
今日は俺が先に手を伸ばしてしまいそう。
(2019.6.1twitter投稿)