130.『白い部屋』(名刺SSテキスト版)
「すみません」頭を下げると
「ごめんなさいね」おばさんが言った。
「いえ」
もう一度頭を下げると、何かを思い出したように「そうだったわ」と立ち上がった。
「ちょっとお願いしてもいいかしら」
おばさんは俺が差し出した煎餅の袋を静かに枕元に置いて、変わりに花瓶を持ち上げた。
上下する胸を手で確かめ、心臓が血液を送りだす音を耳で聞いた。消毒薬の匂いに少し鼻の奥がツンとしたけれど、トクトク伝わる音に匂いは薄くなっていった。
そのうち瞼が重くなってきて、気づいた時には煎餅を咥えたあいつが俺を見下ろしていた。
「あ、ごめん」
「ううん」
声に合わせてふわりと黒い髪が揺れた。
「ありがとう。キャプテン、これおいしいね」
前髪を瞳を隠すと同時に、パリッと音がした。
(2019.9.9 twitter投稿)『この街』収録……再録本発行により修正したものを掲載しています。小次健さんは「寝る」をテーマに(しかしその語を使わずに)140字SSを書いてみましょうhttps://shindanmaker.com/430183