15.『春便り』(名刺SSテキスト版)
彼は硬い蕾を見つめていた。
空はどんより灰色で、風も冷たい。
祈るような横顔に何か理由があるのだろうと思った。
明くる日も彼はそこにいた。
蕾はまだ硬い。
焦らすようにここ数日気温が低い。
雨、が降りそうだ。
ぽつり、と地面に染みができた。
気づいていてそうしているのか、彼の視線は蕾から離れなかった。
「濡れるぞ」
「え」と振り向いた頬に雨粒が一つ落ちる。
「泣いているみたいだ」
「俺が、ですか?」
クスリ、と彼が笑った。
「桜、なかなか咲かないな」
願い事でもしているんだろうか。
「必ず咲きますよ」と彼は言った。
それから五日後に桜は咲いた。
彼は携帯をかざし、満開の桜を写し取っていた。
「桜、咲いたな」
「届けようと思って……」
「誰に?」
「幼馴染に」
サーと風が吹く。
同時に彼の手の中で携帯が鳴った。
若島津が誰に届けたのかはわからないが、確かに桜は届いたみたいだ。
携帯を耳に当てる頬を花びらが撫でていく。
若島津所属クラブの先輩視点です。
(2019.4.3 Twitter投稿)リメイク