前方に伸びる道路は現実へと続く。
春にしては重い雲。
車窓を流れる景色は冬の名残を残していた。
身体の奥に残る彼の感触に喉が詰まる。
何度、肌を重ねても、何度愛を囁かれても、もっと、と思う。
「インター下りると切り替わるんだけどな」
肺の底から一つ息を吐き、ステアリングを握り直した。
(2019.4.16 twitter投稿)
[4回]
寮から学校まではゆっくり歩いて10分。
傘立てに並んだ傘がいつもより少なかった。
たいした雨じゃないけれど、濡れた緑がとても綺麗で、玄関で傘を二本手にして待った。
日向さんは、「傘、いらねえだろ? 帰り、忘れそうだし」と言ったけれど、「俺が覚えているから大丈夫」と差し出した。
珍しく俺の後ろを歩くので、振り返ると、驚いた様な顔をして、「なんでもねえ」とボソッと言った。
「なんでもねえけど……、もうちょいゆっくり歩こうぜ」
クラスメイトに何度か声をかけられて、追い越していく背中を眺めながら、俺達はゆっくりゆっくり歩いた。
「……好き」
「……は?」
「雨が……好き。傘をさして歩くのが……好き」
この頃、俺は雨や風、日の光とかあれやこれや引っ張り出して「好き」と言う。
「俺も、かな。お前と傘をさして歩くのは好きだ」
「…………」
「んだよ?」
「…なんでもない」
近くにありすぎるのかな。
言う事も、訊くことも出来ず、苦しくて、それでも並んで歩きたいと思う。
「やっぱ、特別なんだろうな」
「……え?」
「俺がこんだけゆっくり歩いてやるのって、母ちゃんと直子と……お前だけ、かな?」
(2019.4.15 twitter投稿)リメイク
[4回]
眩しくて目が覚めた。
カーテンの隙間から差し込む光が白い頬を照らしていた。
生え際に手を当ててそれを遮る。
眉、目、鼻、口……。
「ったく。もうちょいここをこうしたいとか、全然ねえのな」
時々、綺麗過ぎて怖くなる。
理由もなく泣きたくなる。
「…ん……」
「悪ぃ。起こしちまったか?」
「ふぁぁ……。腹、減った。……な、なに? 寝癖すごい?」
馬鹿みたいだろ?
俺は、お前の欠伸とか、ぐしゃぐしゃの髪とか、そういうのに安心するんだぜ。
「日向さん、寝癖すごいよ」
「そうか?」
「勿体ないからそのままにしといてよ」
なあ、おまえも同じだって思っていいか?
だって、生活を共にするってこういうことだろ?
「なんかさ」
「だよな」
「まだ何も言ってない」と下げた目尻にキス一つ。
(2019.4.14 twitter投稿)リメイク
[4回]
北国に遅い春がやってきた。
「綺麗だな」
こいつの口からそんな事を聞くなんて、何だか不思議な気がした。
日向は桜の花をフレームに収め、もう一度「綺麗だな」と言った。
たぶん、こんな風に恋人にも言うのだろう。
「土産?」
「や、別に」
「桜が似合う奴だよな」
「誰が?」
「若島津」
そんな顔するなって。
恥ずかしいだろ。
「いつか富良野にも遊びに来いよ。案内してやるからさ」
「何で俺がお前んとこに行かなきゃなんねぇんだよ」
「そりゃそーだ」
だけど、こいつらに見せたいなぁ、なんて、そんな事を思う俺は可笑しいだろうか。
「ラベンダーも似合いそうだろ?」
「バーカ。野郎に花なんか似合うかよ。美味いもん食わしてくれるってんなら考えてやる」
偉そうに。
「花みたいだ」とか思ってるくせに。
どうせ、「綺麗だな。もっと花を咲かせてやるか?」とか、恥ずかしい事を言ってんだろ。
で、若島津も若島津で頬を染めたりなんかして、それからこいつは……
「松山」
「え?」
「お前、顔、あけぇぞ」
(2019.4.13 twitter投稿)再録
[1回]
見送られるのも見送るのも苦手だ。
無理な事だとわかっているのに理由を探してしまうから。
「日向さん、やっぱり空港まで行く」
ずっと背けていた顔を見せた俺の頭をグイと抑えて、「俺が部屋を出て行くまでそのままでいろ」と言った彼の声が痛かった。
「また、どこにも行かなかったな。美味いもんも食わなかったな。今度会う時は、」
「いらない」
彼がクククと笑った。
「足りなかった分は次にな」
(2019.4.12 twitter投稿)2019.2.17日記掲載
[1回]
「若島津、息吸って」
「息?」
「そ。すぅーって吸ってみて」
「なんで?」
「いいから。言う通りにしてみて」
「へんなの」
「はい、吸ってー」
すぅぅぅぅーっ。
「吐いて、吐いて、吐いてー、ぜんぶ吐いてー」
はぁぁぁぁー。
「少し楽になっただろ?」
「?」
「溜息だって、たまに出してやんなきゃ苦しいだろ?」
「反町……」
「ついでに『好き』って言って来いよ」
(2019.4.11 twitter投稿)再録
[2回]
「消しゴムが勿体ねーだろ」
日向さんが言った。
なんのことか判らずに、ごしごしやり続けていたら「はぁー」と溜息をつかれた。
「何度書きなおしても同じなんだよ」
そういうこと、か。
「苦手なんだよね。作文とか感想文とか」
「作文はあった事を書いて、『楽しかったです』で〆ればいいし、感想文はあとがきを写して『感動しました』」
とかなんとか言いながら、日向さんが書く作文や感想文は妙な具合に個性的だ。
悪く言えば大雑把。だけど潔い。
そんな感じかな。
「日向さんは一発書きって言うか、書き直さないよね?」
「めんどくせーし。それに」
それに?
「時間が勿体ねえ」
「確かにね」
「そう思うなら、さっさと終わらせろ」
「先に寝てていいよ」
「いいって。セックスしてぇし」
「えっ!」
なんでこの人こうなんだ?
「今日は先にイかねえ」
そ、そんなストレートに……。
「…あっ…あっ……ああ、あっ……」
「………………っ」
「あ?……あ、あーーーー?」
もう?
息も整えずに新しいコンドームのパッケージを破こうとした日向さんに俺は言った。
「ゴムが勿体ないだろ?」
「?」
「何度やっても同じなんだよ」とは言わなかった。
(2019.4.10 twitter投稿)リメイク
[3回]
時折、薄っぺらい月が雲の隙間から顔を出す静かな夜だった。
そろそろ見頃じゃないかと、近くの公園に夜桜を見に行った。
少し離れた場所に桜の名所はあるし、人影はまばらで屋台があるわけでもなければライトアップされているわけでもない。
シーソーとブランコ、小さな砂場の横に水飲み場。
それを見守るようにポツンとベンチがあるだけだ。
「桜、少ねぇな」
「そうだね」
「やっぱり、あっちの……」
ふわり、と頬が温かくなった。
「バカ。こんなところで」
俺は笑いながら言ったのに、
「ずっと大切にするから」
真顔で言うあいつに、
胸のあたりが苦しくなって、
月も桜もブランコも揺れた気がして、
「帰るぞ」
夜露に湿った地面を蹴ることしかできなかった。
(2019.4.9 twitter投稿)リメイク
[2回]
レッズ戦の後、明和に行った。
建前は祖母の見舞いだが、急を要するわけじゃない。
「たまには顔を見せなさい」と母から電話があっただけだ。
途中、直子ちゃんを見かけた。
家まで歩いて二十分もかからない位置だったし、そこでタクシーを降りた。
一通り決まりきった挨拶を交わした後、自然と彼の話になった。
テレビや新聞、雑誌……彼の名を見かけることが少なくなってから半年になる。
「兄ちゃん、ユベントスに復帰できる?」
「あの人なら大丈夫」
「支えてくれる人とかいるのかな?」
「さあ。でも、幸せにするよ」
俺が、という言葉は飲み込んだ。
代わりに「誰かが」をくっつける。
「若島津さんみたいな女の人がいればいいのに……」
「え?」
「兄ちゃんもおんなじことを思っているんじゃないかな」
「男でごめんね」
「え」と声を上げた直子ちゃんの髪が風に揺れた。
遠くを見つめるような眼差しにもう一度声に出さずに言った。
『俺が、幸せにするよ』
見上げた空は抜けるように青かった。
お題:幸せにするよ
(2019.4.8 twitter投稿)
[2回]
「日向くんに言っちゃった」
ふいに飛び込んできた彼の名前。
教室の隅、数人の女子が固まりヒソヒソヒソヒソ。
「どうだった?」
「ダメだったぁ」
あーあ、可哀想に。
なんちゃって。
「サッカーのことしか考えられねえって言われた」
「お決まりのパターンね」
そうそう、お決まりです。
「でもさ、ほんとにいないのかな、好きな人」
いるよ。
「恐ろしく理想が高いんじゃない?」
そんなことはないでしょ。
「あー、そんな感じ。若島津くんもそうだよね」
「え?俺?」
「理想高そう」
「どうかな。目標は高いところにあるけど」
「恋の話だよ」
「ああ、そう」
「ねえ、日向くんてホントに好きなコいないの?」
「本人が言ってるならそうなんじゃない?」
「そうとは限らないじゃない。若島津くん、何か聞いてない?」
「聞いてないな」
「なーんだ」
なんだと言われてもねぇ……。
俺のもんだし、て言ったらどんな反応するかな。
「日向さんは俺が好きなんだよ」
「ええっ?」
「なんてね」
「若島津、何やってんだ? 部活遅れるぞ!」
「はーい」
「日向さん、俺のこと好きでしょう」
「今さらなに言ってんだよ」
ほらね。
「こら、あんまりひっつくな」
「いーじゃん、男同士なんだから」
「お前、変なもんでも食ったのか?」
(2019.4.8 twitter投稿)リメイク
[4回]