彼がテラスで缶ビールを片手に満月を見上げていた。
横顔がぞっとするほど綺麗だった。
それと、ほんの少し寂しそうだった。
「あんた、狼みたい」
「なんだよ?それ」
「なんで虎なの?」
「知るかよ。いつの間にかそうなってたんだよ」
「寂しそう。絶滅したニホンオオカミの最後の一匹って感じ」
「お前なぁ、それじゃ可哀相すぎるだろう。俺にだって仲間はいるんだぜ」
「だよね」
言いながら、彼は俺の肩を抱いた。
「ずっと見てるね、月」
「ウサギが見えるかなぁと思ってさ」
「餅搗きしてた?」
「いや。俺を誘ってた。『狼さん、私を食べていいですよ』って」
「そんなわけないじゃん。食べられるのは嫌だろ?」
きらり、と青白い月を映した瞳が光る。
「やっぱり狼みたい」
「お前は言ってくれないのか?」
「何を?」
「『俺を食べてもいいですよ』って」
「どうしようかな。狼に食べられるのは嫌だけど……」
……また、キラリ。
「じゃあ、変身しないうちに部屋に入ろうぜ」
(2019.6.2twitter投稿)リメイク
[2回]
ステアリングを握る手だとか、サイドミラーに視線を泳がせた時の耳から顎にかけてのラインとか、
緩みそうになる口元を水の入ったボトルで隠しながら見ていた。
不意に目が合うと口角が上がる。
直ぐにそれを隠すように前を向く。
信号が赤になり、緩く握ったステアリングの上、親指でリズムと取りながら「結構混んでるな」と彼が言った。
「運転、代わろうか?」
少し笑いを含んだ声で「いや」と短く返し、
「帰り、代わってもらう。寝てていいぞ」
リアシートに置かれたシャツに腕を伸ばし、「使えよ」と俺に寄越す。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
澄ました口調で言って、彼のシャツを頭からすっぽり被った。
「日向さんの匂いがする」
「ハハ」と彼が短く笑った。
それだけなのに……。
彼が好きだ。
どうしようもなく好きだ。
今日は俺が先に手を伸ばしてしまいそう。
(2019.6.1twitter投稿)
[2回]
啄むようなキスを繰り返す。
深くなる一歩手前であいつの胸を押した。
「この脚じゃな。これ以上は無理だ」
「わかってる」
そう言って、若島津は立ち上がりかけたけど、そこで俺が言っちまったから今のこの状況があるわけで……。
「早く治さねぇとな。おまえを抱くことも出来ない」
俺の言葉に振り返り、「キスしてもいいかな」と床に膝をついた。
「キスなら、」
「そうじゃなくて……」
ソファに立てかけていた松葉杖が床に転がる。
若島津が長い髪を耳にかけて、俺のジャージに手をかけた。
「腰、浮かせられる?」
ん、ん……と俺を出したり入れたり。
時々、髪を耳にかけ直し、ん……ん……と。
(2019.5.31twitter投稿)
[1回]
隣のクラスの女子に告られた。
面倒くさくなるのが嫌で言葉を選んだ。
「部活で忙しい。余裕がない。気持ちは嬉しいけど、ごめんな」……こんな感じ。
たまたま若島津に見られて、あいつは何も訊かなかったし、俺も何も言わなかったけれど、
飯を食って、風呂を済ませ、時間割を見ながら鞄に教科書を突っ込んでいたら、いきなり何の前触れもなくあいつが言った。
「キスして」
「キスって……。おまえ、ふざけてんのか?」
笑い飛ばそうと思ったのに、
言わずに終わらせるつもりだったのに、
先にあいつが笑ったりするから、
扉の向こうから聞こえてきた話し声が不意に途切れたりするものだから……。
限界、だと思った。
「その手の冗談は嫌いだ」
顎を持ち上げると、あいつから笑いが消えた。
「日向さん、俺、ね」
俺の名を呼ぶ唇は震えていた―――。
(2019.5.31twitter投稿)
『I love you』を小次健風に訳すと「今すぐキスして」になりました。
#Iloveyouを訳してみた https://shindanmaker.com/730931
[1回]
例えば、普通に女と付き合っていたならば……。
まあ、そのコにもよるだろうけど、誘うのは俺、だよな。
慣れというのは恐ろしい。
誘われてばかりなせいか、誘い方がわからない。
ああ、どーしよう。
ムラムラなんだけど。
その気になってくれないかなぁ。
チラッと横目で見てみたけれど、 プレミアの試合にかじりついてる目は真剣そのもので、同業者でありながらプレミアよりセックスな今の自分が恥ずかしいやら情けないやら……。
「若島津、今の見たか?」
……え?
「み、見たよ」
「すげえなぁ。やっぱうめえわ」
やっぱり全然その気はないみたい。
おとなしく試合が終わるのを待つ、か。
んー、終わってもその気にならなかったら?
仕方がない。その時はその時だ。
今日はそういう日だったということで。
「あー、面白かった。録画しといてくれて助かったわ」
「俺も見たかったから」
「さ、飯にするか」
彼はすっと立ち上がった。
「ちょっと早くない?」
「腹が減ったんだよ。さっさと食って風呂入ってセックスしようぜ」
……え? え?
「す、するの?」
「するに決まってんだろ。お前にその気がなくてもする。つーか、俺がその気にさせる」
誘い方を忘れてしまうわけだ。
「今日はその気になんの早えなぁ」
「その気になんかなってな……ッーーーーー!」
(2019.5.30twitter投稿)リメイク
[1回]
目つきは悪いわ、口は悪いわ、行儀も悪い。
そのうえ態度もでかすぎる。
夕飯時、寮の食堂。
向かい側の男はいつもと変わらぬ豪快な食べっぷり。
「貸せ」
いきなり俺の箸を取り上げて、ぶすっとから揚げに突き刺した。
「食え」
それから左手に箸を握らせる。
なんだかいつもと味が違う。
たぶん気のせいだろうけど。
「若島津、怪我か?」
二コ上の先輩の声が頭の上で響いた。
「え? いえ、違います」
日向さんは先輩をギロリと睨み付け、
「から揚げは突き刺して食うのがウマいんです」
ぶすっと自分の箸も突き刺した。
「何だよ、それ」
先輩はクスッと笑った。
「若島津、怪我したんならちゃんと手当しないと。見せてごらん?」
俺に差し出された先輩の腕を遮り、ずいと鼻先にから揚げを突き付ける。
「なんだよ、日向」
「食って下さい」
別に隠すような事でもないけれど、あんまり言いたくなかった。
部屋に入るなり怒鳴られた。
「無理しやがって、バカ野郎。魚だったら刺せねえだろうが」
ポンと湿布の箱を投げられる。
「日向さん、明日はカレーだから大丈夫」
「明後日は?」
「献立見ないとわからないよ」
「明後日は煮魚だ。明日中に治せ」
あんた、すごく優しいね。
(2019.5.29twitter投稿)リメイク
[2回]
チャリティゴルフだか何だか知らねえが、ボールと身体の間に介在物があるスポーツは苦手だ。
距離感が掴めねえ。
「日向さん、ちょっと」
「んだよ」
「ちょっとだけだよ。ちょっとだけなんだけど……」
「はっきり言え」
「下手。恥ずかしい」
「うるせー」
「真面目にやってよ」
「俺だって真面目にやってんだよ!」
「次のコースは池越えだよ。大丈夫かなぁ」
「レクチャーしろ」
「んー。クラブがあんたでアソコが俺。ボールは……」
「わかった。それがコツなんだな? 嘘じゃねえな」
「たぶん……」
ナイスショット! ……て、ホールインワンかよ。
(2019.5.28twitter投稿)リメイク
[2回]
寝起きが悪くて良かったと思う。
ベッドの上の段を確保して正解だった。
「起きろ、若島津。遅刻するぞ」
嘘つきな俺は、彼が起きたのも梯子に足を引っ掛けてくるのも知っているけれど、
「今、起きる」と横を向き、薄目を開けて寝ぼけた返事をする。
昨日も一昨日も一週間前も、毎日同じことを繰り返す。
あんた、やっぱり格好いい。
目の前にある顔ににやけそうになるのをこらえて、布団をはぐられ、腕を引かれるのを待った。
「起きろ」
「う……ん」
「ったく、手がかかる」
手がかかるんじゃなくて、手をかけてほしいの。
それくらいしたっていいだろ?
言わずに我慢してんだからさ。
「若島津、起きろって」
あ、届きそう。
キス、したいな。
したら、引くよな。
寝ぼけてたって事になんないかな。
やってみようかなぁ。
……え! なにっ!
「驚いたか! 目、覚めただろ?」
だから、そういうことすんなって。
俺がしたいキスは、ほっぺにじゃなくて唇になの。
ぺろんと舐められたいんじゃなくて、ぶちゅーってヤツなんだよ。
「どーせならもっと色気のあるのがいい」
「俺にそんな事を求められてもなぁ。いくらお前の頼みでもそれは無理だって。……先、飯行くぞ」
ぶん投げた枕が後頭部にクリーンヒットした。
「いってえな! 何すんだよっ」
ああ、怒った顔がたまんない。
俺、重症だな。
(2019.5.27twitter投稿)リメイク
[2回]
残り少なくなったコーヒーを一口啜ったあたりで携帯が震えた。
デスクに置きっ放しのそれに手を伸ばす。
メッセージアイコンの横に赤い吹き出しがあった。
『見えますか?』
並んでいた文字はたったの五文字。
それと、虹の写真。
隅に映り込んだ建物に、あいつの暮らす街を思い浮かべた。
「綺麗だな」とか、「そっちは雨が降ったのか」とか、浮かびかけた言葉を仕舞いこみ、時間を空けずに返信をした。
俺も虹を見ていたからだ。
『ずいぶん古い虹だね』
「出会った頃の虹だ」
『誰が撮ってくれたんだっけ?』
「かーちゃん」
短いやり取りの終わり、『じゃあね』の前の言葉が胸にズシンと響いた。
『知らない時間の方が短くなるね』
(2019.5.25twitter投稿)
虹が出ていたので思わず写真を撮って送りつける。すぐに既読がついて「こっちからも見えた」と虹の写真が送り返されてくる。
#今日の二人はなにしてる
https://shindanmaker.com/831289
[1回]
西日が射しこむこの部屋も、
廊下から聞こえてくるヤロウの声も、
「あちぃ、あちぃ」と言いながら、反町が下敷きを扇ぐ音も、
たぶん、俺が鉛筆を削るのも、
みんな、みんな暑かった。
涼しかったのはアイツだけ。
アイツが言った一言だけ。
「アイス、ソーダとメロン、どっちがいい?」
「俺、ソーダ!」
反町、オメエは暑苦しーんだよ。
「日向さんは?」
若島津、オマエは暑苦しくない。
「日向さん、どっち?」
やっぱり暑苦しくない。
「ソーダ? メロン? ねぇ、どっち?」
「どっちでもいいって。あっついからそんなに近寄んなっ」
「…………」
「……あ」
「ごめん」
「…………」
「ごめん。……あの、日向さん、アイス、ソーダとメロン……」
「い、いや。謝らなくていい。つか、俺が悪い」
やべえ。
汗、出てきた。
(2019.5.24twitter投稿)リメイク
[1回]