新年
明けましておめでとうございます
平素のご厚情を深謝し
皆様のご多幸を
心からお祈り申し上げます
平成二十年 元旦 MAPLE
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↓ お正月に来て下さいましてありがとう~小話。き、気持ちだけ・・・。
『初詣』
昼過ぎに近所の神社にお参りに行った。
母ちゃんは直子と勝の手を引いて、俺は尊と並んで歩く。
父ちゃんがいた頃は、初詣は明和で一番大きな神社と決まっていた。
だけど、勝はチョロチョロ目が離せないし、チビを連れて歩くにはすごい人混みで、去年から初詣の場所はここに変わった。
小さな神社ではあったけれど、ぱらばら出店なんかもあって、弟達は「あれが欲しい」「これが欲しい」と母ちゃんの手をぐいぐい引っ張っている。
貧乏なくせにこういう時の母ちゃんはえらい太っ腹だった。
一体どこにそんな金があるのか、クリスマスにはケーキもプレゼントも用意するし、お年玉だってちゃんとくれる。
賽銭箱に小銭を入れて、「今年もいい年であります様に」と型に嵌まった言葉を心の中でぶつぶつ言う。
それから、「若島津とずっとサッカーが出来ます様に」と三回ほど繰り返した。
冬休みに入ってから若島津とは殆ど会っていなかった。
あいつは何も言わなかったけれど、もしかしたら、なんて、都合のいい期待を俺はずっとしていたんだ。
夏の大会終了後、何度か「一緒に東邦に行こう」と言った事はある。
だけど、秋が来て、冬が近づくにつれ、何となく言いづらくなった。
俺は家の事情ってやつを嫌というほど知っているし、子供ながらに「あいつんちにはあいつんちの事情があって、あんまり言っちゃいけない」そんな風に思っていたからだ。
「随分たくさんお願いしたんだね」
「まぁ…」
こんな可愛い気のない息子でもおねだりして貰いたいのか、母ちゃんは、「小次郎は欲しい物ないの?」訊いてきた。
「ない」
「おみくじでも引く?」
「いいよ、別に。けど…、あのさ」
母ちゃんは少し首を傾けて、目で「なぁに?」と言った。
晴れ着を着ている人もいる中で、母ちゃんは普段とそう変わらない服を着ている。
だけど、いつもより髪型も整えられていて、俺はそれが嬉しかった。
「絵馬…とか駄目かな?」
財布を出そうとした母ちゃんの手を止める。
母ちゃんはちょっと残念そうな顔をした。
だけど、俺は「お年玉、貰ったから」と言って絵馬を一枚買った。どうしてもそうしたかったんだ。
絵馬なんか一度も奉納した事がなかった。
買ってはみたものの、全然言葉が浮かんでこなくて、ズラリと掛けられた絵馬を上から順に読んでみる。
変わった名前だから直ぐに判った。
『志望校合格 若島津健』
どこの学校かなんて書いていないのがあいつらしい。
神頼みなんかしそうにないのにな。
東邦は一般で入るのは大変な学校だ、と近所のおばちゃんが言っていたっけ。
『若島津が絶対合格しますように』
そう書いて絵馬を奉納した。
「兄ちゃん、健ちゃんみっけたよ」
直子の声に振り返ると、弟達に纏わり付かれた若島津がいた。
白いタートルネックにダッフルコート。床屋に行ったのか髪も少し短くて、俺の知ってるボサボサ頭のあいつとは違っていた。
「初詣?」
「まぁな、お前は?」
「年賀状を出しに来た」
神社の向かいにある郵便局を指差してあいつは言った。
「今頃か?」
「出してない人からきてたから。…よかった、会えて。寄る手前が省けたよ」
「は?」
一枚ハガキを渡される。
『賀正』
「これだけかよ」
「くれなかったくせに」
「住所知らねえもん、お前だって住所ねえし。…けど、字、上手いな」
住所は無かったが、そこには確かに自分の名前がすごく丁寧な字で書いてあった。
「絵馬」
「え?」
「絵馬、奉納したの?」
「しねーよ。…けど、ここの神様はすげえらしいぜ。絵馬に書いた事は必ず叶えてくれるんだってさ」
「ふぅん。…じゃ、俺もお願いすればよかったかな」
「元旦早々嘘つきな俺達ですが、絵馬の件よろしく頼みます」なんて事を思いながら、弟達が「もういらなーい」と寄越してきた綿菓子を食う。
嘘をついた罪亡ぼしというか、食べ物は大事にしないと罰が当たりそうで、甘いのはあんまり得意じゃないくせに意地になってばくばく食った。
「勝がぐずるから母ちゃん、先に帰るわよ」
「わかったー。これ、食ったら帰る」
「虫歯になりそう」
言いながら若島津は黙々と綿菓子を口に運んだ。
「お前、綿菓子好きなのか?」
「そうでもないけど、残したら罰が当たりそうで…」
「残したの俺らじゃねえって」
「けど、貰っちゃったし」
オエオエ言いながらあいつと二人で綿菓子を食った。
終いに面倒くさくなって、俺は綿菓子をギュッギュッとおにぎりみたいに丸めた。
着ているものや髪型のせいなのか、「げっ」と言いながら、あくまでも綿菓子らしく食う若島津は、やっぱりいつもと違って見えた。
「お前ってさ」
「ん?」
「やっぱ、お坊ちゃんなんだな」
「お坊ちゃん言うなっ!」
あいつの手の中で、綿菓子はお握りどころか岩石みたいに硬くなった。
結局、岩石綿菓子は俺の口に入ったわけだが、モゴモゴと口の中を転がしながら、言ってみっかなぁ~なんて思った。
だって、「ごめん」て謝るんだぜ。こいつが謝ることなんか何もないのに。
「あ、あのさ、絵馬、一緒に書かないか?」
「絵馬?」
「俺、買った事ねえんだよな」
神様、すんません。また嘘つきました。
若島津は少し考えて「いいけど」とボソッと言った。
何て書こうか悩んだ末に結局二人で一文字ずつ書く事を提案した。
『必勝』
若島津が俺のへったくそな「必」に続けて「勝」と書く。
クソ真面目な顔をして、やたらめったら時間をかけて。
「『必勝』って何?いつの大会?」
「いいからチャッチャと書けよ。差つけやがって」
「そんなんじゃ…」
「つーか、三枚も奉納すんだ。心配すんなっ」
「え?」
やっべえーっ!
逃げっか?えーい、知らねっぷりして逃げちまえ。
「あ、待てよー。まだ、名前、書いてない」
「その絵馬、お前にやるー」
気がつきませんように。見つかりませんように。
だけど、絶対あいつと東邦に行かせて下さいっ!
お正月のお宮さんは、受験生がいっぱいですね。