サイト開設14周年SS『ある雪の日に』
途中お休みもしていましたが、今日ここに来られたことを幸せに思います。
ありがとうございます。15年目の「tigre et neige」もどうぞよろしくお願いいたします。
2020年12月1日 MAPLE拝
サイトBD記念SSにどうなの???という感じもしますが、若が所属するクラブの先輩視点で小さなお話を書きました。
(どうなの?SSだからここに流す小心者の私w)
↓ 『ある雪の日に』(若島津の先輩視点)
『ある雪の日に』
クラブハウスを出ると雪が降っていた。
空は薄墨色をし、足下のインターロッキングは降る雪に染みを作られ濃く染まる。
早めにタイヤを交換しておいてよかった。
心の中でホッと息をつき、ポケットの中のキーを握る。
駐車場に行くと、奥から二台目に置いていた俺の車は薄っすらと雪帽子を被っていた。
そこで「彼」が視界に入らなければ、俺は一直線に車に向かっていただろう。
彼がいつクラブハウスを出たのかは気づかなかった。
特別早ければ「早いな」と言ったかもしれないし、俺より遅ければ「お先に」にと言っていたのかもしれない。
俺の車の隣には彼の車が停まっていた。
ひと月前に買ったばかりだという白のBMWは駐車場の一番奥、雪に隠れるようにひっそりといた。
愛車に積もった雪をそのままに彼は空を見上げ、手のひらで静かに雪を受けていた。
スラリとした身体を包むコートはチャコールグレー、ぐるりと巻いたマスタード色のマフラーはたっぷりとボリュームがある。
だいぶ無造作に巻いたのだろう。後ろ髪はマフラーの中に残っていた。
彼が雪を何粒受けたのか、雪が彼の手の中でどれくらい水に変わったのかは判らない。
ただ、マフラーの縁や肩は少し白くなっていたし、何かを思うくらいの時間、それくらいはそこにいたのだろう。
「行ってみたいな」
不意に耳に入った声に俺は足を止めた。
たぶん、一度だけなら俺はいつもと同じ口調で「お疲れ」と言って車に乗り込んでいただろう。
それか、気づかないふりをしてクラブハウスに戻っていたか。
「どこに?」と言ってしまったのは、彼がまた空を見上げ、さっきと同じように手の上で溶けた雪を見つめ同じことを言ったからだと思う。
「行ってみたいな」
「……どこに?」
声をかけると、彼は驚いた顔をした。
「先輩、いつから?」
「今。気づかなかった? ……ああ、雪だしね、足音も聞こえなかったかな」
「すみません」
「別に謝ることじゃ。……で、どこに?」
「え?」
「『行ってみたい』って、言っていたよな? だから」
「それは……」
恥ずかしそうに俯かれ、「別にいいけど」と俺は言った。
「ごめん。いいよ、言わなくて。ただ、すごく絵になる光景だったからさ。映画のワンシーンみたいって言うかね、……それだけ」
「映画みたいって……、先輩、揶揄わないでくださいよ」
照れくさそうに言って、彼はマフラーに顔を埋めるように視線を落とした。
「彼女のことでも思っていたんだろう」
「彼女なんていませんよ。ただ、……あ、なんでもないです」
「言っていいよ。俺、忘れっぽいから。行きたい所があるんだろ?」
「行きたいっていうか、昨夜、友達から『雪が降った』ってメールが来て、それがこんな直ぐに溶けてしまうような雪じゃなくて、見てみたいな、そう思っただけなんです。まだ、行ったことがなくて……」
「遠くにいるんだ」
「遠い、ですね」
そこで終わりにしておいた。
吹き上げる風に、彼のマフラーが、はらり、と揺れたからだ。
「じゃあな。風邪をひかないように気をつけて」
「はい」
車に乗り込みエンジンをかける。
ワイパーを数回動かしアクセルを踏む。
クラクションを小さく鳴らすと、彼は足を後ろに引き丁寧に頭を下げた。
駐車場の出口で車を停めバックミラーを見ると、彼は携帯を耳に当てていた。
たぶん、電話の相手は「恋人」なんじゃないかな。
跳ねるように彼の肩が揺れていたから―――。
END
Happy Birthday 私の家(笑)
「行ってみたいな。冬のトリノ」
twitterで見かけた方もいらっしゃると思うのですが、実はこの絵は去年の12月4日にもツイートしています。
更に元になっている絵があります。
2010年に描いた元の絵には「行ってみたいな。秋のトリノ」と書き添えていました。それを冬に変えたんです。
春夏秋冬トリノに行ってみたいな島津さん(笑)
サイトBDが冬ですしね、サイト名に「neige」と入っているので雪のお話を書きました。
日向さんの「ひ」の字も出てきませんが、隙間だらけのこのお話をお好きなように埋めて頂ければ、と思います。