ポメ島津
↓ 「ポメ飛ばし」
最近、若島津の周りにポメラニアンが見える。
小さくて毛がふわふわでつぶらな瞳。可愛いの塊みたいな犬だ。
その「可愛い」が見えるのだ。しかも、一匹二匹じゃない。
肩にポメラニアン、頭の上にポメラニアン、ピアスみたいに耳にぶら下がるポメラニアン。
胸ポケットから顔を出すポメ、ベルトを齧っているポメ。
袖口からポメ、指の股にポメ、靴下の先にポメ……。
なんでこうなったかというと、話は二週間前に戻る。
トイレの照明とテレビのリモコンの電池が同じ日に切れた。
トイレットペーパーもなくなりそうだった。
ガムテやらクリップやら常備してあれば便利な小物もきれかけていた。
そういう細かいものを買いにホームセンターに行ったのだ。
目についたものを適当にかごに放り込みレジに向かおうとすると、
「すこしいいかな」
若島津が遠慮がちに言ってシャツを掴んだ。
「なんだ?」
「ペットOKだったはず」
「は?」
「うち」
「だから?」
「直ぐじゃなくていいんだ。留守にすることが多いし、犬や猫じゃなくてもいい。亀とか金魚とか……」
「わかった。とりあえず今日は見るだけだぞ」
こんな感じでペットコーナーに行った。
行って十秒後に若島津は動かなくなった。
「か、可愛い。日向さん、見て。ポメラニアン、可愛い」
その日から若島津の頭の中はポメラニアンでいっぱいになった。
暇さえあればネットで画像を漁る。
検索履歴は「ポメラニアン」「ポメラニアン 可愛い」「ポメラニアン イラスト」「ポメラニアン グッズ」「ポメラニアン 文房具」「ポメラニアン Tシャツ」……。
「またポメ画像漁ってんのか? そろそろ昼にするぞ。パスタでいいよな? カルボナーラとナポリタンどっちがいいんだ?」
「ポメラニアン」
ポメラニアン、食うのかよっ!
こんなこともあれば、
「なんか、水道漏れてるてかもしんねえ。電話してみるか? なんつったっけ、元体操選手が宣伝していた……」
「ポメラニアン」
違うだろーが。「なんとかアン」には違いないが、「ポメラニアン」ではない。
だとか、
「なんか最近、すげえ流行っているマンガあるよな」
「ポメツの刃」
「…………」
「え、なに? 違った?」
違うことにも気づかねぇのかよっ。
とにかくこんな感じで、ポメポメ言うものだから、
「そんなに好きなら考えてもいいぞ。ポメ島津」と言ってしまったのだ。
「ほんと? ポメラニアン飼っていいの?」
「ポメラニアン好きなんだろ? ポメ島津ポメは」
「好きっ」
「ポメ島津ポメ」に反応しろよ。ったくしゃーねぇなぁ。
「好き、は俺の次にしとけよ」
「大丈夫。ポメラニアンと同じくらい日向さんが好きだから」
「はあ?」
「え? 俺、なんか変なことを言った?」
「べ、べつに……」
ポメ島津ポメによるポメ賛美はすごかった。
「ポメラニアンは『可愛い』のかたまりだよね。俺、ポメラニアンのことを考えると胸がドキドキするんだ。なんていうの? キューって感じ。……これって恋だよね。……日向さん、俺ね、あのポメに出会って恋を知った気がするんだ。あのポメは俺じゃない人を選んだかもしれない。でも、それはしょうがないよね。でも、俺はあのポメじゃなくても、別のポメでも、どんなポメでも俺がポメ好きである限り………あ、何を数えているの?」
「八回言ったぞ」
「え?」
「今、『ポメ』って八回言った。おまえの周りにふわふわで小さい『可愛いの塊』が八匹見えた。おまえ、ポメ飛ばしすぎ」
「えっ。いーなぁ」
羨ましがるなよ。
「俺も見たい。日向さんもポメ飛ばしてくださいよ。ね、いいでしょう?」
や、やべえ。
なんだ、その上目遣いのおねだり目線は。
「ぽ、ポメ島津、もうポメろうぜ」
「…………」
「な、なんだよ」
「ポメろう?」
「い、意味はねえ。ちょっと待て。今、別のポメを」
「日向さん、頑張って」
「おうっ。あー、明日ロード帰りにポメダ珈琲に行かね?」
……こ、こんな感じか?
END