C翼二次創作/小次健love!  

99.『虫の声』(名刺SSテキスト版)

「蝉はどこにいっちゃったんだろうね」
読みかけの文庫をパタンと閉じてあいつが言った。
死んじまったんだろ、と言おうと思ったが、「どこに」という言葉がやけに耳に残って、何も言わずに次の言葉を待った。
「秋の虫に変わったね」「…そうだな」
他に言葉が見つからなかった。
ここで過ごす最後の夏が終わり、ここで過ごす最後の秋になる。
次にくるのはここで過ごす最後の冬で……
そしたら俺達はどこに行くんだろう。
あと少し我慢してればいい、そう思っていたけれど、我慢した先にはなにがあるのか…。
「日向さん」
「…………」
あいつは「ごめん」と言って、そのあと「俺、あんたの事が好き、みたいだ」と肩をすくめた。
先に言われると言えなくなるもんなんだな。
バカみたいに突っ立つ俺の唇をあいつの唇がフワリと掠めた。
それは夜風のように静かで、しっとりと濡れていた。
秋の虫の声をききながら、俺は次の夏を思い描いた。
やけに今夜は静かだ。
「夏が終わるね。……ほら、スズムシが鳴いている」
「違うだろ」
「……?」
「終わるのは『今年の夏』だ」



2019.7.2 twitter投稿)再録(初出 2009.8.25)






拍手[0回]