105.『トリノ・appartamento』(名刺SSテキスト版)
湿布の匂いを嗅ぐと泣きたくなる。
ばりっと封を切った瞬間にスースーした匂いがいきなり鼻の中に入ってきて、
まるで気持ちが剥き出しになるみたいだ。
あいつの肩には古い傷がある。
中学の時に無理をしたせいか、高校に入ってからも時々病院通いをしていた。
病院から帰って来たあいっからは湿布の匂いがした。
風呂上がりには俺が貼ってやったし、俺の脚もあいつが貼ってくれた。
「あーあー、結構腫れてんな」
試合中に脚を少し捻ってしまった。
人に手当してもらってる時は感じないのに、風呂上がりに一人で貼るのは何となく悲しかったりする。追い撃ちをかける
ように皺がよったりするとかなり凹む。
「お前に貼ってもらいてぇよ」
「下手くそ」
「え?」
「皺になってるじゃないか」
「おまえ……なんで?」
「貸して」
若島津は東の果てからいきなりやって来て、いきなり皺くちゃの湿布を貼り直した。
「何やってんだよ」
「ちょっと捻った」
「腫れてるね。痛いだろ?」
全然大したことなかった。
「痛い。すっげー痛くて堪んなかった。痛くて痛くて死にそうで、この匂いを嗅いだら泣きたくなった」
頬に触れられた掌から湿布の匂いがした。
剥き出しになった心は隠す必要が無くなった。
「泣きたくなる?」
「ああ。さっきまでと全然違うけど、やっばり泣きたくなる」
「俺も」
(2019.7.10 twitter投稿)再録
(2019.7.10 twitter投稿)再録