116. 『息子』(名刺SSテキスト版)
だから、わたしも泣けなかった。
「かーちゃん、座布団はここに重ねておけばいいか?」
「そこでいいよ。手伝わなくていいから早く寝なさい」
「わかった」
立ち込める線香の匂いに「泣いてもいいんだよ」と言ってあげたかった。
「小次郎、ちょっと来て」
「なに?」
「かーちゃん、ちょっと泣いてもいい?」
抱きしめると、堰を切ったように小次郎は泣いた。
「一緒に泣こう。いっぱいいっぱい泣こう」
私の前で小次郎が声をあげて泣いたのは、あの時だけだけど、
「辛いことがあったら『辛い』って言わなきゃ」
「心配しなくても言わせてくれる人はいる」
「彼女?」
「いや、友達」
浮かんだその子の名前を口にはださなかったけれど、「寮で食べなさい」と言ってお菓子を持たせたら、
「あ、これ、あいつが好きなヤツだ」と小次郎はふうわりと笑ったから……、
私が息子を抱きしめることはなくなった。
だけど、息子を抱きしめてくれる腕はある。
きっと、不器用な息子を温かく包んでくれる。
「他には何が好きなの?」
「誰?」
「おともだち」
(2019/8/4 twitter投稿)
貴方はかーちゃんで『いっそ泣いてくれたほうがましだった』をお題にして140文字SSを書いてください。
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