123.『あの場所に帰る』(名刺SSテキスト版)
母は同じ言葉を繰り返し、
——にーちゃん、今度いつ来るの?
弟達も同じ事を言い、
「父ちゃん、また来ます」
写真の中の親父に俺も同じ事を言った。
呼鈴が鳴り、若島津が迎えに来た。
これも去年と同じ。
「日向さん、ゆっくり出来た?」
「出来た」
「出かけたりした?」
「灯籠流し」
「俺も行ったよ」
「会わなかったな」
そこで若島津はクスと笑った。
「年に10日くらいしかないね」
「何がだ?」
「会わない日」
言われてみればそうだなぁ。
「お前が東邦に来なかったら、逆だったな」と言ったら、若島津はトンと肘をぶつけてきて、「逆じゃなくてよかった」と笑った。
駅へと向かう道を朝の光が照らす。
空には昨夜の月がまだ残っていた。
毎日通ったグラウンドの脇を通り、まだシャッターの上がらない商店街を抜け、駅前の自販機でコーラを買った。
プルトップを引くとプシュと炭酸が弾けた。
「頑張るっきゃねーな」
「頑張りましょう、キャプテン」
いつの間にか、月は消えていた。
(2019.8.18 twitter投稿)
小次健さんは「誕生日」をテーマに(しかしその語を使わずに)140字SSを書いてみましょう
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