C翼二次創作/小次健love!  

『Buddy』(夏の小次健ふりかえり2)

↓ 『Buddy』


父の背中は大きく、ごつごつとした手は温かく、怒った時の低い大人の声は怖くもあり、そして、恰好よかった。
だらけて母に小言を言われる時の父も、まだろくに話すことも出来ない小さな弟に合わせて話す時の父も、全部好きだった。
憧れていたんだ。

一つ失ったことで、俺は「自分」も失くしてしまったのかもしれない。
隠すように溜息をつく母、笑わなくなった弟、寂しいと言って泣く妹、わけもわからず不満を口にする末の弟。
どうにかしたい。どうにかしなければ。……それしかなかった。

元々、俺は自分のことしか考えないような子どもだった。
やりたいことを「やりたい」と言い、欲しい物を「欲しい」と言った。
我慢させられたこともあったけど、ちゃんと理由を教えてくれたし、わかった上で我慢した。
父と母がそうさせてくれた。

正直、辛くなることもある。
誰も理由を教えてくれないのだ。
「偉いわね」とか、「頑張れよ」と言ってくれる人はいるけれど、俺は偉くなりたいわけじゃない。
そうするしかなかったんだ。
父はボールと引き換えにいなくなった。
だから、俺は欲しがっちゃいけない、と思っていた。

若島津のことだって、最初は勝つための道具みたいに思っていた。
そりゃあ、単純にすごいヤツだな、とは思ったし、コイツとサッカーやったら楽しいかもな、と思ったけれど、俺が欲しいのは「若島津健」じゃなくて、「キーパーが出来る若島津健」だったのだ。


明和FCに入った頃の若島津は、新しい遊びを覚えたみたいにサッカーにのめり込んでいった。
自分とはすこし違うな、と思った。
俺にとってサッカーは、家族を支えるための「手段」でしかなかったからだ。


「こうすれば、もっと失点を減らすことが出来ると思うんだ。頭ではわかっているつもりなんだけど、まだ慣れない。グローブを嵌めているからなのかな?」

練習後、真新しいキーパーグローブを捏ねるように弄りながら若島津は言った。

「そのうち慣れるだろ」

そんな風にしか俺は言えなかった。
「早く、みんなの力になりたいよ」
そう言って、若島津が屈託なく笑ったからだ。

「みんなの、なんだ……」

なんでそんなことを言ったのかはわからない。
「え?」と驚いたような声を上げ、若島津はリュックサックにグローブを仕舞った。

「帰ろうか」
「おう」

練習場を出て十分くらいして、若島津の足が止まった。

「どうした?」
「さっきのは……」
「さっきのって?」
「ああ、だから。さっき、『みんな』って言ったのは……」
「なんだよ?」

言葉が見つからないのか、若島津は「うーん」と小さく唸った。
沈みかけた太陽が背中に当たり、前にある道に細長い影を作る。
風は俺の右から吹いてきて、左側にいる若島津の髪をサーと撫でて行った。

「だからね」

さっきよりすこし弾んだ声で言って、若島津はトン、と地面を蹴った。
二三歩先に場所を変え、くるんと俺を振り返る。

「言ったら怒るかもしれないけど、俺、あんたの力になりたいんだ。後ろなんか気にしなくていい。思い切り攻めてほしいなって。だって……勿体ないよ」
「勿体ない?」
「そう」

どういう意味で言ったのか全然わからなくて、思った通りに口にしたら、若島津は「だからさぁー」と、少し呆れたような、照れたような声で言った。

「すごいなって思ったんだ。同じレベルになりたい。……俺、同じ年のヤツのこと、こんな風に思ったことがないんだよ。俺じゃ頼りないかもしれないけど、いつかは『おまえがいてよかった』って言わせたい。もっと色んな話がしたいし、その……もっと俺のことも知ってもらいたい」

その時、思ったんだ。会えてよかったって。
「キーパーが出来る若島津健」じゃなくて「若島津健」に会えてよかったって。


***


「たぶん、あの時だな」
「なにが?」
「だからさ」
「親父が死んだ後、自分のためだけに欲しいと思ったのは、たぶん、あの時が最初だった」
「日向さん、話がぜんぜん見えないんだけど」

別に話してやってもよかったんだけど、恥ずかしかったからやめた。
代わりにあいつの手からキーパーグローブを取り上げた。
使い込んだキーパーそれは、裏も表も指先も擦れてザラザラしていた。

「おまえ、潰すの早いだろう」
「しょうがないじゃん。どんだけあんたのシュートを受けていると思ってんだよ」
「……だよな」

とうに日は落ち、校舎とグラウンドを隔てたフェンスも、ボールも、互いの顔すら見えなくなりかけていた。
だけど、俺には若島津がどんな顔をしているのかわかったし、たぶん、若島津も同じだったと思う。

「あー、やっぱり、コレ、もう駄目かも。修理出来るかな。これで何個目だろうね」
「小5からだしな」
「だよね」

出会いは偶然だ。
だけど、若島津との出会いは必然だった。
訊いたこともないし、あいつがどう思っているのか俺にはわからないけれど、何があってもこの手を裏切っちゃいけない。
この手を離さない。
俺は本気でそう思っているんだ――――。




END





2020.8.30 エアブー超夏祭り エアペーパー。(twitterに投稿したものを加筆修正しました)




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