『子守歌』(夏の小次健ふりかえり5)
一人になりたいこともある。
あの時ああしていれば負けなかったのに、とか。
調整をミスった、とか。
だけど、ベッドは一つしか無くて、キッチンも風呂も一つしか無くて、部屋に閉じ籠れば気を遣わせてしまいそうで……。
「日向さん、ちょっとコンビニに行って来るね」
何を買いに行ったんだか……。
出かけたきり帰って来やしねぇ。
俺がしけたツラを晒すのが悪いんだよな。
去年の夏に買ったビーサンをつっかけて、ケツのポケットにスマホを突っ込んでドアを開けた。
1キロ先にあるコンビニの200メートル手前、小さな公園からギーコギーコと錆びた鉄が擦れ合う音がした。
「何をやってるんだよ」
「え?」
俺の声に振り返った顔を切れかかった照明が照らす。
「オバケかと思った」
「どっちがだよ」
綺麗な顔っつうのは、見ようによっちゃあゾッとするくらい怪しいもんなんだなぁ。
……そんなことを思う。
「コンビニ行くって言って出かけたくせに、何も持ってねえじゃん」
「今から行くところ」
「何を買うんだ?」
「何にしようかなぁ」
「バーカ」
腕を引っ張り上げながら、「アイスが食いたい」と俺は言った。
「それもいいね」と笑ったあいつを抱きしめながら、滅多に言わない言葉を言った。
「絶不調でよ」
あいつは「去年は俺がそうだった」と言って、その後「歌でも歌おうか」と悪戯っぽく笑った。
「聴いてやる」
「偉そうに」
暫くすると、懐かしい歌がきこえてきた。
校歌だった。
「校歌かよ」
「覚えてる?」
「たぶん……」
「校歌って忘れないよね」
「何十回も歌わされるからな」
嬉しい時も、しんどい時も、ずっと一緒にいたんだよな。
離れていた頃も「特別」だった。
二番まで歌い終わったところで「あ」とあいつが言った。
「三番の出だしを忘れてしまった」
「アイス食い終わったら教えてやるよ」
「じゃあ、そろそろアイスを買いに行きますか」
「おう」
いつの間にか頭の中のモヤモヤは無くなっていた。
END
リクエストSS
ワードパレット【10.鍵のかかった部屋こんぺいとう】
一人になりたい/子守歌/亡霊