『高三、夏の終わり』(夏の小次健ふりかえり17)
沈黙にたえきれなくなったヤツが他愛もないことを言う。
それに乗っかるヤツなどいないと分かっていながら、たぶん、そうするより他に想いつかないのだろう。
空気が重い。
いま飲み込んだものがなんだったのか、それすら分からない。
最悪な気分だった。
「ごちそうさま」
「お先」
一人二人とトレイを持ち立ち上がる。
ジャージ姿のかたまり、食器がぶつかり合う音、床とスリッパが擦れる音、話し声……。
見渡せば、そこにはいつもと同じ光景があり、いつもと同じ音があるのに、自分がいるスペースだけが静かだった。
部屋に戻って時間割を見ながらカバンに教科書とノートを突っ込んだ。
隣に視線を移すと、さっきまで同じことをしていたヤツがいなかった。
いつの間に移動したのかそれすら気が付かなかった自分に呆れ、ふぅと息を吐く。
同時に首の後ろに息がかかり、ずしりと背中が重くなった。
「すこしだけ」
俺の胸でクロスした指先にはいくつも傷があり、赤く腫れていた。
「なさけないよ」
ぼとりと落ちた声にかける言葉が見つからなかった。
試合に出られなかった自分に何が言えるだろう。
「ごめん。すぐに切り替えるから。冬は必ず……」
肩にある重みを感じながらあいつの手を緩く握った。
「なにも言ってくれないんだね」
「…………」
「なにも言ってくれないけど、……すごいなぁ」
「なにが、だ?」
「どんな言葉よりも効く」
悔しいに決まっている。
悔しくて、情けなくて、自分を投げりつけたくなる日があることを俺は知っている。
だけど、分かっている。
前に進むことしか出来ないことを。
「もうっ。脚、早く治してくださいよっ」
あいつは回した腕に力を込めて、ゴンッと俺の後頭部に頭をぶつけた。
「いってーよ。一応怪我人なんだ。すこしは労われ」
「痛いのは脚だけでしょう?」
見つめ合い、笑い合い、拳を突き合わせ、
肩を抱き、背中を押し、腕を引っ張り合って、
俺達は走り続ける。前だけを見て――――。
END