『ラムネ』(夏の小次健ふりかえり7)
「夏の音がする」
若島津がラムネの瓶を振った。
カラ、コロ、カラコロ……。
ガラス瓶の中でビー玉が転がる。
道場で二人並んでラムネを飲んだ。
「今日は稽古は休みなんだ。家の人、みんな出かけているし」
「道場で飲んだり食ったり。ばれたらまずいだろ?」
「まぁね。一応神聖な場所だから」
「外に行こう」と言ったのに。
気づかなかったのか、それともわざとそうしたのか、若島津はまたラムネの瓶を耳の横で振った。
「いい音だよね」
ジーワジーワと蝉が鳴く。
夏の陽射しは真っ直ぐ降りて道場の中は薄暗かった。
庇の向こうの青空が切り取ったみたいに眩しい。
「なぁ、家の人帰ってくるかもしんねぇぞ。……お前の親父さん、おっかねえし」
「大丈夫。これを飲み終わるまで。日向さんも早く飲みなよ」
栓を開けるとパシュッと泡が弾けて零れた。
「なにやってんだよぉ。さっさと開けないから。あ、拭くもんないや」
若島津はTシャツの裾を引っ張って床を拭いた。
「へえ」
「なに?」
「そんな事するんだ。……お前」
「だって、雑巾持ってくるの面倒。動きたくない」
そう言って、若島津はゆっくりラムネの瓶を傾けた。
白い喉がコクリコクリと上下する。
全部飲み終わると片目で瓶を覗き込んでまた振った。
ガラス瓶の中のビー玉が、さっきより早いリズムで音をたてる。
カラコロカラコロ、カラ……
「日向さん、キスしよっか?」
「神聖な場所なんだろ?」
「まあね。神聖なキスって事で……」
そっと触れた唇は淡いラムネの味がした。
「甘いな」
「日向さんも」
見つめ合って、顔を近づけ、あと二センチで再び触れ合うところで、勢いよく扉が開いた。
「若、お帰りなんですか? 道場ですか? 総帥がお呼びです。
「やっべーっ!」
「やっばーい!」
スニーカーをぶら下げて、ダッシュで外に飛び出した。
焼けた砂が熱くって、「あちあちあちあち」跳ねながら。
カラコロカラコロ音がする。
ラムネだけが知っている、夏の秘密。
END