『ビーチサンダル』(夏の小次健ふりかえり11)
あいつより一足先に起きてコーヒーをセットする。
ブラインドに人差し指をひっかけて覗いた空は夏の色。
「天気いいなぁ。どっか行ってみっかぁ」
「どこ?」
声の主を振り返り、それからマグに注いだコーヒーをベッドへ運ぶ。
「起きたのか?」
「寝ているように見える?」
「ったく。そういう言い方すんなよ。……ほい」
カップを渡すと若島津は「サンキュ」と一口啜った。
「うえ、まず。薄い」
「ああ?豆、足りなかった」
気の抜けたコーヒーは気の抜けた朝にぴったりで、何もしたくなくなる。
着替えんのも顔を洗うのもめんどくせえ。……そんな感じ。
「天気は?」
若島津は確かめる気も無いようで、髪はぴょこんと跳ねているし、瞼は腫れぼったいし、やけに不細工だった。
と言っても、こいつの不細工は並の人間の10倍は美人だけどな。
「何もしたくなーい」
「んだよ。グータラだな」
「あんただってだるだるじゃん。まずいなぁ、このコーヒー」
「しゃあねえ。外行くか?」
顔を洗って、ボッサボサの頭をキャップで隠し、ジーンズを腰に引っかけて。
ソックスを履こうとしたらあいつが言った。
「ちょっと待って。ビーサン持ってくる」
去年の夏に買ったビーチサンダルだった。
ぺたぺたサンダル引きずりながら肩を並べて歩いた。
朝っぱらから暑くって、素足で正解、なんて事を思う。
「夏だねぇ」
「だぁな」
「今年はどこに行く?」
「どこ行きたいんだ?」
「俺が聞いてんだけど」
「どこでもいいぜ」
そんな話をしながらコーヒースタンドに着いた時にはすっかり喉がカラカラだった。
「オレンジジュース」
「俺も」
「豆は買って帰ろう」
「だな」
何がそんなに楽しいのか、時折豆の袋を覗きながらクスクスクスクスあいつの髪も揺れた。
「来月、誕生日だよ」
「気の早ぇやつだな」
「何がほしい?なんでも言って」
たまには違った事でも言ってみっか。
「車」
「ええっ!」
「んだよ。何でもいいって言っただろ?」
「い、いいよ」
「後は……」
「まだあんの?」
「家」
「家っ?」
「窓開けたら海ぃみたいな。ひと泳ぎして帰ったら冷たいコーヒーがあるぅみたいな」
「か、考えとく」
言いながら、あいつはニヤニヤニヤニヤ笑った。
「海、見に行くか?」
「これから?」
「そ。これから」
あいつのビーチサンダルが歌うように音をたてた―――。
END