coffee break
「熱いぞ」と彼が言って、「うん」と俺が返す。
渦を巻き立ち昇った白い湯気が鼻の先に当たる。
同時に深い香りと味の気配がして、
白い陶器の縁を唇で挟むとそれは一層強くなり、
取手を摘んだ指を手前に傾けて、
ひとくち含めば口いっぱいに広がる舌にもたれない苦味。
ほう、と吐いた息がカップの縁にあたる。
向こう岸に渡らせ、顔を上げると彼がクスと笑った。
「そんなにうまいか?」
「おいしいよ」
「よかった」
彼の声は極めて優しく、柔らかな毛布でそっと包むように温かかった。
二口目のコーヒーもゆっくり喉を滑らせた。
すとん、と胃に落ちていく液体にほうと息を吐くと彼がまた笑った。
声はさっきより少し大きく軽かった。
「大袈裟なヤツだなぁ」
呆れたように言って、彼は小刻みに肩を震わせた。
「そこまで美味くはないだろう。だってそれ……」
カップを差した指も笑っているようだった。
「そこらへんで売ってた普通の粉を普通に淹れただけだぞ」
なかなかおさまらない笑いに顔がすこし熱くなったけど、俺より先に粉が無くなったことに気づいて、俺が知らないうちに買いに行って、俺が寝ぼけている間もこまめに身体を動かして、そうやってできたものだから……。
「大袈裟かな? でも、ほんとうに美味しいから」
「ったく。おまえって……」
その声に「え?」と顔を上げた時には彼は背を見せていた。
「日向さん、なに?」
「なんでもねぇよ」
窓から射し込む遅い朝の光も、
今日が予定のない日だということも、
彼が運んでくれた味や香りも、
抱きしめたくなるくらい愛おしい。
穏やかに、緩やかに、時は流れる——。
昨夜上げたただコーヒーを飲んでいるだけのなんてことない名刺SSが気に入らなくてちょちょっと弄ったら名刺一枚におさまらなくなりました。