(タイトルなし)明和っ子
短いですけどよろしければ♡
↓ めいわっこじけん
バレンタインデーにキャプテンが直子ちゃんの手を引いてうちに来た。
秋から塾通いをし、勉強漬けの毎日だった。
二月三日に入試があって六日に合格発表だった。
浮かれまくってキャプテンとサッカーばかりやっていたら、父さんに道場に呼ばれた。
「家にいる間は空手とサッカーは半々にしなさい」
そんなのやだね、と言いたかったけど、やっと認めて貰った東邦進学だし、怒らせない方がいい。
キャプテンは進学が決まってもおでん屋さんでアルバイトを続けていた。
父さんが自ら稽古をつけるなんて珍しいな、と思ったけれど、午前中いっぱい稽古をつけてもらい、その後は部屋に篭ってドリルをやったり、気晴らしに漫画を読んだりしていた。
3時のおやつから一時間くらい経ち、なんとなぁく小腹が空いたなぁと思って部屋の戸を開けたら玄関で呼び鈴が鳴った。
あ。誰か来たのかな?
と思ったけれど、普段はお手伝いの妙さんか母さんが出るし、当たり前のように知らん振りをした。
「健、出てちょうだい」
珍しく母さんが大きな声を出した。
しょうがないなぁと思いながら廊下を歩く。
台所の前を通り過ぎた時、母さんが叫んだ理由がわかった。
台所が「お菓子工場」になっていたからだ。
あ、そうか。バレンタイン。
この日になると、母は決まって妙さんと一緒に大量のトリュフを作る。お弟子さん達に配るためだ。
わざわざ作らなくてもいいのに。世の中にはもっと綺麗で美味しいチョコレートがあるのだから。
そう思いながらも、俺は母さんと妙さんが作るトリュフは嫌いじゃなかった。
まぁ、本心かどうかはさておき、お弟子さん達も喜んでくれるし、普段甘いものをあまり食べない父さんも母さんと妙さんが作ったトリュフは食べるしさ。
最近、少し無口になった兄さんもだし。
「健、ちょっと手が離せないの」
母さんが言うと、それに被せるように、
「わたしも」
「わたしも」
姉さんと妹が言った。
なぜ今年は姉さんと妹が加わっているのかわからなかっだけど、「健、早く出て」と姉さんに急かされたし、理由の訊くのは後回しにした。
玄関を開けてビックリした。
なんと! キャプテンが直子ちゃんの手を引いていたのだ。
「よう」
キャプテンはそれだけ言ってツンツン、と直子ちゃんの小さな背中を押した。
「あの……」
直子ちゃんがおずおずと差し出したのは取っ手のついた紙の袋だった。
「健くん、これ」
紙袋の中をチラッと覗くと小さな箱があり、赤いリボンがかけてあった。
「もらってやってくれ」
「え? いいの?」
最初にキャプテンに言って、次に直子ちゃんにも同じことを言った。
「いいの? もらっても」
直子ちゃんは、「捨てるの勿体ないからもらってください」と超早口で言った。
そこは「捨ててもいいから」じゃないのかな? 捨てたりしないけど。
そんなやりとりを玄関でしていたら、区切りのよいとところまで作業が進んだのか、母さんがきた。
母さんに「部屋に上がってもらいなさい」と言われ、その通りに俺は言った。
キャプテンはちょっと悩んだみたいだけど、妹がシルバニアを持ってきて直子ちゃんを釣ったし、「少しだけなら」と言って部屋に上がってくれた。
「なんか落ち着かねぇな」
「え?」
「部屋にあがったの初めて」
「そうだっけ?」
言われてみればそうかもしれない。
道場の裏とか、庭の隅、玄関先や、勝手口あたりでお喋りをしたことはあったけど、部屋は初めてかも。
「綺麗にしているんだな」
「そうでもないよ」
「俺んちと大違い。てか、俺は尊と一緒だし」
「そっかぁ……」
最初にそんな話をした。
その後、母さんがくれたできたてほやほやトリュフをバクッと口に放り込んだ。
「うめぇな」
「よかった。もっと食べて」
キャプテンは二つ目のトリュフを口に近づけ、独り言のように「寮ってどんな感じだろうな」と言った。
「え?」
「まぁ、おまえと一緒なら不安とかねぇけど」
東邦を受験することはずっと内緒にしていたけれど、進学が決まると真っ先ににキャプテンに報告した。
キャプテンは「ほんとうか?」と「すげぇ」と「やったな」と「やりやがったな」をランダムに何度も繰り返しながら試合に勝った時と同じくらいの強さで抱きしめてくれた。
「嬉しかったなぁ。あの時。……ちょっと苦しかったけどね」
「へ? なにが?」
「だって、キャプテンてば、力任せっていうか、加減してくれないんだもん。俺、窒息するかと思ったよ」
「そうだったか?」
「そうだよ。キャプテン……」
そこで、「もう、それやめろ」と言われた。
なんのことを言っているのかを訊ねると、キャプテンは「呼び方を変えろ」と言った。
「もう『キャプテン』と言うな。卒業したら一年子からスタートだしよ」
「じゃあ、日向、さん」
「さん、もいらねえ。呼び捨てしろよ」
「でもさ、なんとなく」
「好きにしろ」
ぶっきらぼうな言い方だったし、顔は1ミリも笑っていなかった。
だけど、ほんの少し耳たぶが赤っぽくなっていたし、機嫌は悪くなさそうだ。
「楽しみだなぁ。早く春にならないかなぁ。……あ。制服、ドキドキするね。楽しみぃ~」
調子に乗って「楽しみだなぁ」を連発していたら、「はあー」と長ったらしく息を吐かれた。
「わかった。わかった」
「キャプテンは?」
「キャプテンじゃねぇ」
「……あ、ごめん。日向さん。日向さんは楽しみ?」
「バーカ。わかりきったことを訊くな」
そのあと、指先でピンとおでこを弾かれたけど、咄嗟に押さえた手の隙間から見たキャプテン…もとい、日向さんの口角がにんまりと上がっていた。
あー、楽しみだなぁ。
やらなきゃいけないことは山積みだけど、どんなに辛くても日向さんと一緒なら乗り越えられると思うんだ。ううん。思うんだ、じゃなくて絶対そう!
「そうだよね?」
「あたりまえだ」
あれ? 俺、口に出していたっけ?
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なんじゃこりゃ???
これはですね~、小次郎が健の部屋に入るきっかけを作りたかったのと、浮かれまくっている健を書きたかったのと………他にもあったような気がするんですよねー。(すっとぼけ)