殻を破る
↓ 『殻を破る』
「これあげる」
広げたノートや散らばるシャーペンや消しゴムを避けようともせずに無造作に机に置かれた赤い小箱には金のリボンがかかっていた。
「なんだ?」と訊いたところでマトモな答えが返ってくるとは思えない。
ぎゅっと噛み締めた歯が頬の筋肉を硬くしていたし、視線は俺から逃げるように頼りなく彷徨っていたからだ。
「開けてもいいか?」
ことわりの言葉を一応発しはしたが、言い終わる頃には俺は甘い匂いを嗅いでいた。
持ち上げた蓋を持ったまま箱の中で行儀よく並んだチョコを眺めていると、若島津はふぅと困ったように息を吐いた。
「食べて下さいよ。ただの気まぐれですから」
「そうか……」
口に放り込んだ一粒は嘘でコーティングされていて、齧ると言葉に出来ない感情が溶けて舌にまとわりつくようだった。
木の実がカツンと歯に当たった。
なにかにヒビを入れたような気がした。
たったひとつの恋が欲しかった。
たったひと言が言えずにいた。
「ゴメン」
立ち上がって肩に手を乗せた。
この手を頬に移動させちゃいけない。もっと近づきたくなるから。
その唇に触れてはいけない。触れたら最後、戻れなくなるから。
だけど、限界だった。
今日壊さなかったとしても明日はどうなるかはわからない。
だったら進むしかないんじゃねぇか?
俺も、たぶんコイツも気づいているんだから。
「俺には無理だ。嘘をつくのも下手だし、先にあるものを見ずに引き返すことなんかできねぇ」
それでもまだ誤魔化そうとする口を塞いだ。
触れた瞬間、雷に撃たれたみたいに全身に電気が走り、弾かれたように心臓が走り出した。
「日向さん、ダメだ。戻れなくなる」
「だったらなんであんなもん寄越すんだよっ!」
「ゴメン。本当にゴメン。日向さん、ゴメン……ごめん、な……さ、い……」
「謝るな」
「ごめ……」
「謝るなっつってんだろうが」
そうじゃねぇだろうが。俯かせて謝どうするんだよ。
そう思いながら一度荒げた口は元に戻らなかった。
「おまえが始めたんだからな。おまえがどうにかしろよ。一度出しちまったもんは戻せねぇんだよ。ギッチギチに抑えてたんだよっ。それを見え見えの嘘でこじ開けたのはテメェだろうが」
「だからそれは。だけど、俺は……」
「うっせえ。黙ってろ」
無理矢理ベッドに押し倒して、俺は「全部寄越せ」と言った。
******
恥ずかったろうに、痛かったろうに、あいつは俺の名前を呼び続けた。
自分の名が増えるごとに「好き」が溢れ空気を震わせた。
「責任とれよ」
「………………」
「どうしてくれんだよ。卒業までひと月しかねぇんだぞ。ずっと一緒にはいられないんだぞ。なのに……」
俺が言った「おまえなしじゃ」に被せるようにあいつが言った。
「離れていてもそばにいさせて下さい」と——。
END